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山梨県弁護士会について

声明・総会決議

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明

 2020年6月,法務省の「出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」は,「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を公表した。この専門部会は,無期限長期収容と過酷な処遇環境に耐えかねた多数の被収容者によるハンガーストライキや被収容者の餓死事件等を背景として,長期収容に伴う諸問題の解決を企図して設置され,本提言もそのために取りまとめられたものである。
 しかしながら,本提言のうち,以下に述べる点は,非正規滞在者,難民認定申請者及びこれらを支援する者にとって,極めて大きな不利益及び不当な制限をもたらすものであるから,当会は以下のとおり反対を表明する。

  1. 退去強制拒否罪の創設
     本提言は,退去強制令書の発付を受けた者(被退去強制者)が本邦から退去しない行為に対する刑事罰(退去強制拒否罪)の創設を検討することを求める(29頁)。
     しかしながら,被退去強制者の中には,日本で生育し,日本に家族を有し,日本で教育を受け,母国語に通じないなど,本国との結びつきよりも日本との結びつきが強い者や本国に帰国した場合に迫害の危険にさらされるおそれを有する難民申請者が数多く含まれている。このような真に帰国することができない理由のある者が,退去強制令書の発付後も支援者らの支援の下で在留のための活動を行った結果,難民認定または在留特別許可を付与されるに至ることは珍しいことではない。
     退去強制拒否罪を創設し,具体的事情を考慮することなく罰則をもって帰国を強制することは,憲法及び国際人権法上の諸権利(自由権規約13条・14条・17条・23条,子どもの権利条約3条・9条,難民条約33条,拷問等禁止条約3条など)を侵害するおそれがある上,在留の許否等について司法による判断がなされていない者の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。さらに,退去強制拒否行為が犯罪とされれば,これらの人々を支援する家族,同胞,支援団体,弁護士等の支援者がその共犯とされる危険があり,これらの支援活動を萎縮させるおそれもある。

  2. 送還停止効の例外の創設
     現行法上,難民認定申請中の者を退去強制することはできない(送還停止効,入管法61条の2の6第3項)。これは,難民を迫害のおそれのある領域に送還してはならないとする国際法上の原則(ノン・ルフールマン原則,難民条約33条1項)に基づくものであるが,本提言は,再度の難民認定申請者が送還停止効を利用して送還を回避していることに対する対策として,再度の難民認定申請者についてはこの送還停止効に例外を設けることを検討すべきとする(34頁)。
     送還停止効に例外を設けるか否かの議論はそもそも,難民認定制度が適正に運用されていることが前提となるものであるが,我が国における難民認定申請の手続が問題なく適正に運用されているとの評価をすることはできない。周知のとおり,我が国における難民認定率は極めて低く,国際的水準に遠く及ばない。国内においてもこれまで,「入管法に定める諸手続に携わる際の運用や解釈に当たっては,難民関連の諸条約に関する国連難民高等弁務官事務所の解釈や勧告等を十分尊重すること」との指摘(入管法の一部を改正する法律案に対する附帯決議,参議院法務委員会,2004年)や,難民認定制度の見直しに関する提言(出入国管理政策懇談会・難民認定制度に関する専門部会,2014年)がなされてきたが,これらに基づく施策は十分に実施されていないままである。再度の難民認定申請中に認定が下りるケースが相当数存在するという現実は,初回の難民認定申請の手続が十分に機能していないことを示すとともに,送還停止効に例外を設けることとなれば,真の難民が迫害国に送還されてしまう危険があることをも示すものである。
     まずなすべきは,難民認定申請の手続の適正化のための法整備,難民認定の質の向上のための具体的措置等,庇護すべき者を庇護するための施策であって,送還停止効に例外を設けることではない。

  3. 仮放免逃亡罪の創設
     本提言は,仮放免された者が逃亡した場合に対する刑事罰(仮放免逃亡罪)の創設を検討することを求める(54頁)。
     しかしながら,本提言においては,新たな刑事罰を科す必要性を示す立法事実すら示されていない。現行の保証金及び保証人の制度のみで逃亡を抑止できていないことは,新たな刑事罰創設の理由としては不十分である。また,逃亡の原因を十分に究明しないまま罰則を設けても,抑止的効果は得られない。
     そもそも仮放免の許否及びその条件については入管当局の裁量に委ねられているが,2015年秋以降,仮放免許可の際に就労禁止条件が全面的に付される運用となったため,被仮放免者は,仮放免されても働いて生計を立てることができなくなった。また,近時,長期被収容者に対し,2週間程度の短い期間を条件として仮放免を許可した後に再収容することを繰り返すという明らかに不当な運用もなされているところである。このような被仮放免者の生存権や身体の自由を顧みない非人道的な運用こそが,被仮放免者の逃亡を招来しているといっても過言ではない。
     まずは,被仮放免者の生存権を尊重し,被仮放免者に対する一時的な在留資格または就労許可を付与する制度を設けるとともに,仮放免許可が入管当局の裁量に委ねられていることによって生じている不当な現状を改めて,仮放免制度の適切な運用を図ることが必要である。

  4. 収容期間の上限の設定と司法審査の導入を見送る点
     本提言が検討を求める上記の3点について,それ自体問題があり容認できるものでないことは先に述べたとおりであるが,本提言の重大な問題は,長期収容問題の根幹が,司法審査を経ない無期限長期収容を可能とする現行の制度にあることを認識しながら,抜本的な解決を先送りにして,上述したような刑事罰の創設等による表面的な方策をもって問題の解決を図ろうとし,現行の制度を維持するという結論を導いたところにある。
     収容が身体の自由に対する重大な制約であることはいうまでもなく,また,無期限収容が国際人権条約及び比例原則に反することも明らかである。本提言においても,「期限を定めない収容は国際法上恣意的拘禁と評価される」との意見や「必ず事前の司法審査によるべき」との意見が記されている。
     それにもかかわらず,本提言(42頁)は,「我が国で一律の収容期間の上限を定めることについては,被退去強制者の速やかな送還を旨とする我が国の退去強制制度の下では問題が大きい」として収容期間の上限を設けることを見送り,「収容開始前又は一定期間以上の収容の継続に際し司法審査を要するものとすることは困難である」として,司法審査の導入を見送っているのである。
     本提言公表後の本年8月28日,国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会は,我が国の入管収容制度について,①無期限収容は許されず,自由権規約9条1項(恣意的な拘禁の禁止)に違反する,②司法審査による救済が定められていない点で,自由権規約9条4項(自由を奪われた者が裁判所で救済を受ける権利)に違反し,法的根拠を欠く恣意的拘禁にあたる,③法律によって定められた必要性と合理性の要件を満たすことを要求する基本原則に反し,自由権規約9条1項(恣意的な拘禁の禁止)に違反する,との意見を採択した。この意見は,東日本入国管理センターにおいて発生した具体的なケースについて示されたものではあるが,我が国の入管収容制度が国際法規に違反することを初めて明示したものとして極めて重要な意義を有する。 

 当会は,上述のような問題点があるばかりでなく,国連恣意的拘禁作業部会の意見の趣旨にも反する本提言に強く反対するとともに,政府がかかる意見を真摯に受け止め,入管法改正を含む現在の入管収容制度の見直しに取り組むよう強く求めるものである。

2020年12月11日

山梨県弁護士会
会長 
深澤 勲